情報更新日 2006年7月26日
夏は源氏ボタルの名所、毛利氏も親しんだ山口県最古の歴史を誇る古湯、湯本温泉の魅力を楽しんでください。
「山口県最古の歴史を誇る湯本温泉」
| 広島駅新幹線口 |
: |
8:00 |
出発 |
 |
|
| 山陽自動車道広島IC |
: |
8:15 |
山陽自動車道を山口方面に、長距離なので下松SAでトイレ休憩 |
 |
|
| 中国自動車道美祢IC |
: |
9:30 |
美祢ICを出て国道435号線へ左折、美祢市で国道316号線に右折して約20km強で湯本温泉へ |
 |
|
| 湯本温泉 |
: |
10:10 |
恩湯横の無料駐車場に車を停めて温泉へ |
| |
|
15:50 |
国道316号線、国道435号線を経て美祢ICへ |
 |
|
| 中国自動車道戸美祢IC |
: |
16:30 |
中国自動車道〜山陽自動車道 |
 |
|
| 山陽自動車道広島IC |
: |
17:45 |
国道54号線〜広島駅新幹線口 |
 |
|
| 広島駅新幹線口 |
: |
18:00 |
帰着 |
| |
| ママが早起きして皆のお弁当を作りました。広島駅新幹線口を朝8時に出発、山陽自動車道広島ICからを山口方面に向かって下松SA走りトイレ休憩をとり、山陽自動車道から中国自動車道に入り美祢ICまで1時間半。美祢ICを出て国道435号線へ左折、美祢市で国道316号線に右折して約20km強走ると湯本温泉へ到着。恩湯横の無料駐車場に車を停めて、お弁当やタオル、石鹸、シャンプ、くしなど入浴に必要なものを持って恩湯へ。 |
湯本温泉
湯本温泉は今からおよそ570年前(西暦1427年・室町時代)、大寧寺の「定庵禅師」が座禅のなか、住吉大明神からのおつげによって発見された。山口県ではもっとも古い歴史をもつ温泉と知られている。
大寧寺の第3世住職、定庵禅師(1373〜1432)の時代。 ある月の明るい夜、定庵禅師が寺のまわりを散歩していると、石の上で座禅をしている老人に出会った。老人は「私は長門一の宮の住吉明神です。禅師のお説法が聞きたい。」と言った。老人はその後、名僧、定庵の説法の席に通い、仏道を修めた。
応永34年3月23日、定庵禅師から法衣を贈られた老人は法恩に報いるため、「お礼に温泉を出しておきました。信者や病気の人に利用していただければ幸いです。」と告げた。たちまち雷鳴が轟き、老人は大きな竜の姿になって雲の上に消えていったと云う、これが「伝説」のあらまし。
これを裏付けるように、湯本中心部の泉源は現在でも大寧寺の所有。浴場は二つに分かれ、昔は上の礼湯<れいとう>を武士や僧侶、下の恩湯<おんとう>を一般の人が使っていた。江戸時代には温泉の近くに、お茶屋「清音亭」<せいおんてい>が置かれ、藩主もたびたび入浴に訪れた。大寧寺の墓苑には「住吉大明神の座禅石」が今に伝わり、共同浴場の裏山には住吉の神をまつる社(住吉神社)が建っている。
|
市営公衆浴場 恩湯(おんとう)
湯本温泉のシンボル。音信川(おとづれかわ)のほとりの千代橋のたもとに瓦屋根のどっしりとした寺院風の構え。
昔懐かしい銭湯スタイルの浴室。湯舟は石造り、二つに仕切られ、おのおのが5、6人入れる広さ。湯は無色透明、加温していないので泉温は39度と温め。湯が湯舟から惜しみなく流れ出し、源泉掛け流しの天然温泉。
PH9.59のアルカリ性単純温泉、効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、疲労回復、健康増進など。
所在地:山口県長門市深川湯本
問い合せ先:TEL 0837-25-4507(恩湯)
駐車場:あり(無料)20台
入浴料金:大人140円 小人(12才以下)60円
休憩料金:大人100円 小人(12才以下)50円
|
シャンプーや石けんは備え付けられていないので、持参しました。入浴料金と休憩料金を人数分払って入館、休憩室に荷物を置き入浴に必要なものを持って、さっそく子どもたちと浴室へ。浴室は銭湯スタイルで、石造り湯舟から湯が流れ出していました。湯は少し温めで、肌を包み込むようなシットリ感のある泉質。ママの好みの泉質です。入浴の人が多く、子どもたちはおとなしく湯につかっていました。子どもたちの身体を洗って、シャンプをしてやりました。
湯から上がり、休憩室に行くと、ママお弁当を開いて皆をまっていました。ママの手作りのお弁当は子どもたちの好物が沢山あり、喜んで食べていました。
お腹が一杯になり、皆で横になって休みました。しばらく休んでから、近くの萩焼深川窯と大寧寺を車で訪ねました。
|
萩焼深川窯
深川湯本三ノ瀬に、いま四戸の萩焼窯元が煙をあげている。萩焼の歴史は古く、豊臣秀吉の時代にさかのぼる。16世紀末、文禄の役(1592)、慶長の役(1597)は後世「やきもの戦争」といわれるほどで、従軍した西国大名たちが、競って朝鮮李朝の陶工を連れ帰ったので、西日本各地に窯業が勃興した。
萩藩においても、毛利輝元が、萩の松本村に李朝の陶工、李勺光、李敬等を連れ帰り藩窯が創設された。これが萩焼(当初は松本焼)の始まりである。 承応2年(1653年)蔵崎五郎左右衛門が同族の勘兵衛とともに、大津郡深川村三ノ瀬(現長門市深川湯本三ノ瀬)の地に独立窯業を願い出て、許しを得た。
明暦2年(1657年)4月7日をもって今後絶対に他国へ出向しないという契約書を藩に提出し、三ノ瀬焼物所が創業された。そこで、松本の御用釜を「松本窯」と呼んだのに対し、「深川窯」又は「三ノ瀬焼」と呼んだ。
深川窯は以降、盛衰を重ね、今の隆盛をむかえている。
|
本格的な登り窯です。訪れたときには火が入っていなかったので、窯の内部を見せてもらいました。勾配を利用して焼くものを置くように段々になっていました。火を入れると2〜3日焚きつづけるのだそうです。
ママは湯のみ茶碗を買いました。萩焼は使うと色が変化して素晴らしくなります。
|
大寧寺
大寧寺は1410年に鷲頭引忠が創建した曹洞宗の古刹である。かつては「西の高野山」といわれるほど隆盛を誇っていた。境内を流れる大寧寺川に架かる盤石橋は、防長三奇橋の一つに数えられているもので見逃せない。また、室町時代に大内義隆が、その重臣・陶晴賢の謀反にあい自刃したところとして知られる。
|
| 大寧寺の境内で大内氏が公家化して戦国期に滅亡していった歴史を子どもたちに話してやりました。生きた歴史教育です。子どもたちは神妙に聞いていました。
|
足湯
湯本温泉には2ケ所の足湯スポットがある。足を暖めることで温熱作用が働き、血液の流れが良くなる。湯本の街を散策の際には、ぜひ立ち寄ってみたいスポット。
音信川河川公園「足湯」
新しく作られた河川公園内にあります。東屋と持つ庭園作りの広々とした足湯。
音信川遊歩道沿い「おとづれ足湯」
やや温度が高め。よこを音信川が流れ、ロケーションは最高!
|
再び駐車場に車を停めて対岸の音信川河川公園「足湯」に入りました。足だけでもなかなか気持ちが良いものです。
今日の、仕上げは市営公衆浴場の礼湯(れいとう) です。
|
市営公衆浴場 礼湯(れいとう)
千代橋そば、源泉の恩湯の脇の坂を少し上がった礼湯は地元の公衆浴場。風情のあるたたずまいの礼湯は熱めのお湯が好きな人に。山間の静かな湯本温泉は、初夏には源氏ボタルが飛び交い、湯の町を一層情緒豊かに演出してくれる。
ママに子どもたちを預けて、一人でのんびりと湯に浸りました。源泉温度は一緒なのに、源泉からの距離が短いのか礼湯は少し熱めのお湯でした。
|
| 礼湯で疲れをとった後は、広島に向って一気に帰ります。国道316号線、国道435号線を経て中国自動車道美祢IC、山陽自動車道で広島IC、54号線を経て広島駅へ約2時間10分で帰ります。
→おでかけコース情報トップへ |
|